星図

今が好き♪

2000.8.5

地図は、もちろん各国がおのおの自国領を測量して作成します。海図も海に面した国々が自国周辺の沿岸部を担当し、大洋部はそれを囲む国々が分担して作成します。モンゴル・スイスといった内陸国には海図作成に協力する義務がありません。一方、空に輝く星の地図(星図)にはこのような分担や制約が全くありません。地上からの観測により、どこの国の誰にでも作成可能です。

とは言っても、各国がてんでに星図を作成しているわけではありません。現代の星図は、意欲的な天文学者を持った天文台が提供する星表(カタログ)によって作られます。この分野で活躍しているのは米国ハーバード天文台ヘンリードレーパーカタログ、スミソニアン天文台SAO星表、パロマーおよびリック天文台の写真星図。ドイツ天文計算研究所の国際基本星表。フランス、星雲星団・銀河のバイブル、メシエカタログ。英国、デンマークのNGCカタログとICカタログ。チェコ、スカルナテプレソ天文台のベクバル星表などが有名です。

星表には12~13等星を含む数十万の恒星のデータが記載されています。恒星では星名、位置、光度、スペクトル型、距離など、星雲星団ではカタログ番号、見かけの大きさ、形状分類がデータに加わります。写真星図では21等星まで、文字通り無数に(全天で30億個)写りますから、全部の星の同定には何年かかるのか分りません。

市販の星図はこれら星表から6.26等星以上(6400個)とか、7.5等星以上(25000個)の恒星を選んで光度(実視等級、xx等星)が分るように表示しています。さらに二重星・変光星・星雲星団・銀河・電波源・X線源・クエーサーなどの位置も1000個近く載せられていて、海図同様、見ていて飽きません。夜空が澄んだ晩など、望遠鏡と言わず双眼鏡片手に、星図あるいは星座早見盤と首っ引きで星や星雲を覗くとき、しばし、時の経つのを忘れます。

今は、夏の星座が真っ盛り、8時過ぎ頃に東の空高く夏の大三角形が肉眼ではっきり見えます。真中の一番上がこと座の0.03等星ヴェガ、その東やや下に白鳥座の1.25等星デネブ、さらにこの2星を底辺とする大きな2等辺三角形の頂点、視差30度ほど南側下にわし座0.77等星のアルタイルが望めます。ヴェガが七夕の織姫、アルタイルが彦星です。高原にいたなら、2人の間に天の川が見えるでしょう。デネブは天の川に浮いています。毎晩4分早く(1ヶ月では2時間早く、1年では24時間、つまり元どおり)昨夜の星が東から昇りますから見える位置に注意しましょう。

さて、星の位置は赤経と赤緯の直交座標によって表します。赤経は地球の赤道を天球まで伸ばした赤道座標です。地上ではグリニッチ天文台を通る子午線を0度とし、赤道上を東西周りに各々180度までで経度を表しますが、赤経の方は、地球が春分点を通過する時、地球から見た太陽(赤道を延長した面にいる)の方角を原点とします。現在はうお座の南端付近にこの春分点があります。こちらは角度ではなく、時分秒を使用し、原点を赤経0時、天球を東回りに進み24時間で元に戻ります。

赤緯は地球の自転軸を使う極座標です。赤道面を0度とし、軸の延長が北側で天球と交わる方向を赤緯+90度、いわゆる天の北極とし、逆側、天の南極を赤緯-90度とします。先ほどの春分点は赤経0時0分0秒、赤緯0度。織姫のヴェガは赤経18時36分56.2秒、赤緯+38度47分1秒と表されます。時間表示のおかげで、星々の赤経の差は同じ方角に見えてくるまでの時間を正確に表します。

ところで、星図は1950年分点あるいは2000年分点と言う但し書きがついて出版されます。これは1950年および2000年の恒星の位置を表した星図であることを意味しますが、単なる改定ではありません。両者を較べると同じ星でも座標上の位置が僅かに違います。もちろん春分点もうお座の中でズレてしまっています。恒星にも固有運動がありますが、50年間では位置の違いを測定できません。ズレは赤経・赤緯の座標系が移動したことが原因です。

地球の自転軸は歳差運動と呼ばれる首振り運動をしています。回転しているコマの速度が落ち始めると軸の上端が円錐運動をして輪をえがきます。地球も同じ運動を25900年ほどの周期で行っています。従って春分点(赤経原点)も天の北極(赤緯原点)も全て動いてしまうと言うわけです。

先ほどのヴェガの位置は2000年分点表示でしたが、1950年分点では赤経18時35分12秒、赤緯+38度44分0秒になります。50年間に赤経で1分44秒、赤緯で3分のズレが生じました。ズレの大きさは座標によって異なり、各天文台が発表した星表の座標も発表時の分点から毎回計算し直されます。

現在の北極星はこぐま座のしっぽの端にあたる2.02等星で、天の北極から0.85度離れていますが、歳差運動で100年後には0.46度まで近づきます。その後は徐々に離れ、ついには北極星と呼ばれなくなってしまいます。紀元前12000年には前述のヴェガが、更に紀元前17000年にはデネブが北極星だったとのことです。大昔は豪華な星が北極星だったのです。今から6900年後にはデネブが再び北極星として戻ってくる計算です。

自転に公転、更に歳差運動の3重らせん運動をしながら地球は宇宙をめぐります。更に太陽系は銀河の渦の中を動き、母なる銀河自体も自転をしながら、宇宙の中心から外に向かって膨張しています。確かめようもありませんが、宇宙全体もおそらく自転しているでしょう。一体、いくつのらせん運動に乗って私たちは暮らしているのでしょうか。この広大無限の宇宙のどこにも、不動なものなど存在しないのです。