花の季節

角田 稔

2006.5.26

日本列島は南北に長く延びて桜の季節も南から北へとうつろう。この季節に旅をすると思いがけず素晴らしい花見の出来ることがある。
 数年前京都へ旅した折に、妻と2人でぶらりと出かけたその日、4月14日は幸運にも醍醐寺で秀吉花見行列の行われる日であった。聞けば毎年4月第2日曜日に行われるとのことであった。8日から14日の間ということになる。その頃が桜の見ごろの休日と言う事でもあろうか。この年、参道両側のソメイヨシノは散り始めていたが、幸いにして、三宝院庭や五重塔前のシダレザクラは見ごろであった。行列は秀吉がお城に居る女性たちを引き連れ、桜見物をした故事に由来するものである。供奉する大名は皆衣冠装束や太刀を捨て、茶人の服装をする慣わし通り、秀吉、淀君、諸大名、大奥女性に扮する名士、婦人等はそれぞれ昔の茶人の服装をして三宝院から金堂前の広場まで練り歩く。伝統の行事とはいえ、現代離れしていながらしゃれた雰囲気があるのが面白い。
 東京では例年ならば4月上旬が花の見ごろ、大学でも卒業式の行われる3月下旬に体育館脇の桜が最初にほころび、入学式の頃に満開となるのが普通である。今年は気候が異常だったせいか開花が早く、4月はじめにはもう散りはじめ、其の頃に吹いた突風と雨のためあっという間に散り果ててしまった。今年ほど慌ただしく思った花の季節はなかった。お決まりの千鳥が淵の観桜にも行きそびれてしまった。多磨霊園の桜も有名であるが、同駅南側にある東郷寺のシダレザクラも立派である。住職の話によると、今年は桃や桜が一緒に咲いて珍しい年とのことであった。
今年も法事のため彦根を訪ねたのは4月14日、ちょうど桜が満開で、彦根城の天守がライトアップされてくっきりと夜空に浮かんでいた。前景の佐和口多門櫓が白く輝き、中濠石垣から水辺に枝を垂れた桜の華やかさが目に沁みた。人影も少なく、夜桜は斯く静かに味わうべしという見本のようであった。

千鳥が淵の桜を見逃した無念を癒された気がした。例年よりは数日遅れたらしく、今日が満開で一番よい日ですよと土地の人が自慢げに説明してくれた。いろは松の傍を通り、多門櫓を抜けて表門橋を右に見ながら内濠にそって歩き、旧制彦根中学へ通っていた60数年前、記憶に誤りがなければ、天守、多門櫓、いろは松の望める中濠の一角に古い写真館と茶店など数軒の小家屋があったはずである。其の位置に、しゃれた休憩所とこぎれいな小ホテルが立っている。其の名もキャッスルホテル言い、彦根を訪れる度に定宿としている。ホテルの部屋から真正面に天主を仰ぎ見ることができる。城と桜があるだけで美しい絵になる。飽かず眺めた。山城らしく見栄えがする。三層三階の天守を包む城全体の姿は上品で威丈高でない。維新の際、取り壊さないようにとの皇族のお声があり、現在見るように、天守、天秤櫓、多門櫓、三重櫓など主要な建物が保存され、往時を垣間見ることが出来る。築城されてから一度も戦火に逢うこともなかったうえに、北陸道、中山道、琵琶湖と京大阪への交通の要衝にあり、其の優美な姿は辺りを圧していたことであろう。天守は国宝、西の丸の三重櫓、天秤櫓、馬屋、太鼓門櫓はそれぞれ重要文化財に指定されている。   
 内濠の周辺には名庭玄宮園がある。中濠、内濠の堀端に植えられた桜も年を経て美しく形を整えている。中濠にかかる京橋一帯も桜が美しい。この頃、観光対策に手を染めだしたのか、少しずつ市内の整備がされているようであるが、桜咲く弘前や会津の華やかさと違って何となく落ち着いた感じがするのは土地柄なのか、35万石の大藩、歴代幕府重職を務めた藩風、士風が今も生きているためなのであろうか。彦根城は何時も変らぬ優美な姿を見せている。
 何処の古城も美しい。城を観、城跡を訪ねるごとに、壊される前の城が、昔のままの自然や周辺環境と共に、ディスプレイ上に再現されたものが展示されれば、その土地に対する関心がより深まる事であろうと思う。現在の高度に発達したCG技術を駆使すればそれ程困難なことではないであろう。