歩行訓練

角田 稔

2005.9.28

何年か前に、友人の医者から君の背骨は曲がってるよと注意されたことがある。真っ直ぐであればもう1,2センチ背が高いのかなと一瞬考えたものである。それ以来、心がけて腰を伸ばし姿勢を出来るだけ正しく保つように心がけている。考えてみると、人の躯体は本来左右が同じではないようである。私の場合は背が高いだけに、背骨をまっすぐに保ち、左右のバランスをとるのには不定の要素がありすぎる。例えば、内臓、筋肉の発達状況や活動状況、相互の位置関係などが、成長の過程で微妙に背骨や骨盤と平衡を保たせている筈である。写真を撮るときに左の肩を上げてくださいとか、頭を少し右にとか、注意されたのを思い出しながら、左右少し非対称である点を列挙すると、左の肩幅が右より広く、左腕が若干長く、左利きではないのに右手より左手の握力が強く、左目の視力が右目よりも悪く、白内障になったのも左目の方が早かった。不思議と左足を怪我することが多かった。何故だか分からないが原因には生得のものもあるのではなかろうか。加齢と共に姿勢を保つのが難しくなれば、何か障害がでてくるかもしれない。ますますしゃきっと背筋を伸ばすように努力しなくてはなるまい。

姿勢の美しさが際立つのは徒手体操選手、特に女性の場合は筋肉が顕には見えないので気持ちがよい。彼女たちは大体において颯爽と外輪で歩いている。また、女性の体形の美しさを強調するモデルの歩行は一見不自然に見えるほどになよなよとしているが、高いヒール靴を履いたモデル女性は、殆ど爪先立ちのように危なっかしげに見えながら、腰で上手にバランスを取って、まっすぐに優雅に歩いている。感心しながら足元を見て気がついたのは、彼女たちも外輪歩行のようである。最も安定した姿勢で歩く体操選手にも、一見不安定に見えるモデルにも、外輪歩行が最適な歩き方なのであろう。女の子が外輪でなどと目くじら立てるのは老人の僻目である。体育の先生によると、この歩き方は骨盤周辺の筋肉を強くし、骨盤の安定にも役立つそうである。思いがけず外輪歩行が左膝痛を克服するのに効果のあること、姿勢の矯正に役立つことを体験したのは昨夏のことであった。

昨春、大学の講堂脇石畳の路を歩いていた時に左膝がきゅっと痛んだ。びっこを引きながらやっとの思いで家にたどり着いた。近所の整形外科で診断してもらったところ、担当の医師は、レントゲン写真を前にしながら、残酷な事を言うようですが、加齢の為に膝関節の軟骨が薄くなっていますから、今回は付近の筋肉が痛んだだけで済みましたけれども、膝関節が直接擦れ合ってもっとひどく痛むことがあるかもしれませんよ、と病状を説明した。それから、週に3度出かけて、膝の部分を20分ほど温熱布とマイクロ波で暖める治療を受けた。2,3ヶ月ほど通って幾らか痛みは和らいだが、なかなかに普通の歩行は出来なかった。温泉で膝を暖めてはと言われて、箱根芦ノ湖畔の宿で1日に3度ゆっくりと温泉につかったところ、 1 晩のうちに膝痛を忘れるほどになった。医院での2ヶ月間の治療よりも効いた。温泉療法も成る程効果があるものだと妙に感心した。しかし、味をしめて海よりの別の温泉に出かけたところ、再び膝痛が復活したのには驚いた。温泉の泉質によっては負の効果があるのかもしれない。温泉療法の微妙なところである。

歩行時には左膝の内側筋肉が痛むので、足を少し外輪にして歩いてみたところ痛みが少ないように感じた。格好良く見せるために、体操選手やモデルと同じように、くるぶしを直線上に来るように歩くことにしてみた。ウオーキング訓練である。これまでは若干内輪に歩く癖がついていたらしく、外輪で綺麗に歩くには努力が必要であった。注意していないとどうしてももとの歩き方に戻っているのである。しかし、慣れるに従って膝痛が気にならなくなり、以前のように、適度の大またで、後ろ足を蹴って歩くことも出来るようになった。体育の先生の言われるように骨盤の筋肉が強くなったせいか、骨盤のゆがみが矯正されたせいか、背筋をまっすぐに伸ばすことも楽になった気がする。背が縮まないのはこのせいかもしれないと思いながら、この頃は、老人のささやかな健康法に、外輪で歩く歩行訓練、ウオーキング訓練を坐禅と瞑想に加えている。