うつぎ楊枝

角田 稔

2005.9.28

世の中には和洋の名料理店、レストラン、町の食堂など、食事を供する店は多い。というよりも、人の集まるところ必ず大衆食堂から高級食堂までが人間の食欲を満足させるために様々な工夫を凝らして開店している。たかが楊枝にこだわってと思いながら、それでも新しい食堂や料理店に入ると先ず楊枝立てや楊枝入れを見る癖が付いてしまった。

黒文字や柳楊枝は良く見かけるが、先だって築地市場の乾物屋でうつぎ楊枝を見つけた。通常、楊枝は6.5センチ長のものが流通しているが、これは7センチあった。僅か0.5センチしか違わないのに随分長く感じたのは、少しばかり細く作られ、楊枝休め用のくびれの付いていないせいかもしれなかった。山に自生する天然のうつぎ(空木、卯木)の木で作ったものであった。材質は硬くて柔軟性に富んでいる。この乾物屋にはもう1種類別の楊枝があった。見かけはうつぎ楊枝と似ているが、スパッと折れるところに特徴があった。折口を観察すると、木の凹凸が剥がされたように綺麗になっていて、くっつければそのまま元通りになりそうな感じであった。この木の性質によるものであるらしい。

このように、一口に楊枝といっても、材質の柔らかいものから硬いものまで、細いものから太いものまで、さらには黒文字のようにかすかな芳香のあるものなど、それぞれ使い勝手に違いがあって、好みの分かれるところでもある。又、食膳の装飾品としての見方もあり、更には単価も気になるとすれば、どのように食卓の上に供するかも、提供者の趣向や心根を示すものともいえよう。

ここ10年ほど私の思い入れは黒文字にある。と言っても食べ歩いた店の数には限りがある。行き当たりばったり巡り合ったに過ぎない。まだまだ数々あることであろうが、記憶にあるところを書き連ねておこう。店によってはむき出しの黒文字がそのまま楊枝立てに入っていることがある。名前を失念したが四国高松の讃岐うどん店、渋谷のうどん店の美々卯、調布柴崎のそば屋小川とオペラシティ高層ビル53階の豆腐料理店八角庵でこれを見た。小田原の魚屋経営の魚国も通りすがりによく利用するが、2,3年前までは太目の黒文字が無造作に楊枝立てに並んでいたので、新鮮な魚料理が一層美味しく感じられたものである。

最近では1本ずつ店名を印刷した楊枝袋が楊枝立てや楊枝入れに纏めて出されているところが多い。こんな時には食事前にも拘らず楊枝袋の中身を調べてみる。黒文字が入っていれば嬉しくなる。京都では老舗料理店の吉兆、和久でん、東京では新宿駅前の京懐石店柿伝、上野のうなぎ屋伊豆栄、レストランの精養軒、新宿ルミネの京料理店甍、横浜ベイホテル・シェラトンのレストラン コンバス、お台場日航ホテル日本料理店さくら、温泉宿では箱根の和心亭豊月、湯河原のふきや、すし屋では府中の美登利、など。京王百貨店の京料理店光悦は4,5年前には黒文字を使っていた。

うつぎ楊枝を使っていたのはこれまで 1 店であった。