上諏訪から路線バスで

角田 稔

2005.10.22

宿から10分ほど歩き、上諏訪駅からバスで霧が峰高原、白樺湖方面へ出かけた。 1 時間以上もゆっくりと走る路線バスはこんな贅沢はないといわんばかりに豊かな高原の風景を展開させながら、アルプスの峰々を一望させてくれた。快晴の霧が峰高原に下りると、高原特有の澄んだ色合いの花々が咲き誇り、このような光景を目にするたびに何時も無念に思うのは花の名前を殆ど知らないことであった。平地でよく見かける花も、ここでは見違ええるほどに、生き生きとした鮮やかさで高原を飾っていた。空気が爽やかであった。

白樺湖までまたバスに乗った。湖周辺は避暑客で賑わっていた。湖上に遊ぶことも、湖畔を散策して、オルゴール館などを見物することも出来た。静かに旅情を味わうためには人の姿の少ない早朝や夕方を待たねばならないのが残念であった。バスに乗って女神湖まで脚を延ばした。小さな湖であった。ここも綺麗に整備されていたが人の姿はまばらであった。葦の生えた湖畔の湿地にはジグザグの散策路が設けられ、葦原を住処とするらしい赤トンボや蝶が人の姿に驚く様子もなく群れていた。林の中の大きな白亜の建物はチャペルのある結婚式場も備えた本格的なホテルであった。ホテルは森閑としていた。中のレストランでスパゲッティを食べた。太い丸太で作ったベンチで老夫婦と若いカップルが休んでいるのが、窓越しに絵のように見えた。妻が道端に咲く紫色の花を見つけ、アザミだわと感嘆の声を上げた。下界のものとは比べようのないほどに、澄んで鮮やかな色合いであった。

白樺湖から上諏訪への帰途、ゆったりと伸びやかな情景にお目にかかった。途中の停留所であたふたと乗り込んできた若い女性が、まもなく、方角の違う事に気がついたらしく、慌てた様子で、運転手に次のバス停で降ろしてくれるように頼んだ。事情を聞いた運転手は、ちらりと運行表と時計を見比べながら、もう直ぐ白樺湖行バスとすれ違いますから其の時に降りていただきましょうと言った。暫く走ってから停車すると、合図を送ったらしく、向こうからきた白樺湖行きバスも徐行して止まった。運転手同士で言葉を交わしていたが、あちらのバスに乗り換えてくださいと件の女性に言った。運賃は取らなかった。女性の喜びと感謝に弾んだ声、運転手同士のにこやかに交わす挨拶の手振りが心に残った。バス停でなくても途中で拾ってくれる高原バスの乗り心地は上々であった。

宿に帰り着いた頃は夕方遅くであったが、真夏の暑さは衰えていなかった。今宵も諏訪湖を彩る花火を眺めながらゆっくりと夕食を味わった。宿のご馳走が多すぎるように思えるようになった。