富嶽

とまりぎ

2005.12.7

甲州から富士吉田へ御坂峠を越えると、長いトンネルを抜け少し富士が見え、あっという間に河口湖の近くまで行ってしまう。地図をよく見ると、このトンネルのルートのほかに、旧道が書いてある。気が付かなかったなと思いながら、また通ってみようとおもいたった。

五月半ば過ぎの休日、甲府盆地一宮のあたりから御坂への道を上がった。バイクが数台いるから、たぶんこのあたりが入り口だろうと注意していると、左側に旧道との標識が見えた。旧道を通る車は少なく、二車線舗装されていてけっこういい道だ。頂上が近くなったあたりで、トンネルに入った。

トンネルは、先の出口が小さく見えるくらいの長さだが照明は一切なく、明るさになれた目にはものすごく暗い。先の方から対向車が入ってきたのが、ヘッドライトとトンネルに反響する排気音でわかることはわかるのだが暗く狭いトンネルの中のこと、もっとゆっくり走ってくれないかな。

トンネルを出ると視界がひらけて、眼前に雪の残るどでかい富士が広がった。かなり下の方には河口湖の水面が見える。たぶんそうだろうと期待しつつ行ったのだが、こんなに見事な富士を見るのははじめてのことだ。さっそく峠にある一軒の茶屋近くへ駐車して、歩いてみる。道の端では富士に向って油絵を画いている。カメラを向けている人もいる。茶屋のなかでは客が蕎麦をたぐっている。この茶屋が天下茶屋とのことだが、まさに富士を目の前にした名にふさわしいところだ。

道端には陽射しのなか、八重桜が数本満開の花をつけている。なかなか見事だから、桜へ向って写真を撮る人がいる。都心とは一ヶ月も気候が違うようだ。看板の地図を見ると尾根へ上がる道があって、もっと富士に近いところに御坂山、旧御坂峠もこの場所とは離れて描いてある。山の装備の人がカメラを片手にその道へ入っていく。行ってみたいのはやまやまだが、どれだけ時間がかかるかわからないのでやめにした。

時間にして一時間もいなかっただろうが、富士吉田へ向って下る。山道の途中に数台の乗用車と大型バスが止まっていて、案内には三つ峠の文字が見える。ここから三つ峠方面へ入り富士を見るひとがいるようだ。たしかに富士急行線の三つ峠駅から登るよりはずっと楽だろう。三十数年前に何人かで、駅から霧雨の中を頂上まで登ったことがある。富士はまったく見えなかったが、日帰りで登れた記憶がある。今では体力的にとても無理だが。

葛飾北斎の一枚に、河口湖の水面に映る逆さ富士をも描いた「甲州三坂水面」がある。現在の御坂峠と方向は同じようだが、湖上の舟も描かれているから、峠を下って視点はかなり低いところだったろうと想像する。